第三話。「文創りのエチュード」〜貼箱×放送作家〜
公開日:2010年9月2日(木)|お知らせ
8月31日から始まったコラボ企画「貼箱 × 放送作家」シリーズの第三話。
舞台脚本、テレビの構成台本、小説など、幅広く活動されている松尾成美さんが主宰する文章教室の生徒さんに、「貼箱」をネタに「エッセイ」または「フィクション」を書いていただき、弊社サイト上に掲載するという企画です。
1日1話づつ、7人の方による計7話の連続掲載を致します。
文章教室【奈良の学園前 アートサロン空】の生徒の皆さんの力作を、どうぞご堪能ください。
宜しくお願い致します。
※使用箱:お洒落な「ウェディングスタンプ」ボックス(詳細は、こちらをご覧ください。)
<フィクション>
ワンダフル・トラベラー(不思議な旅人)
村瀬 朋子
人生には、うまくいかない時もある。けれど、これはあんまりじゃない! と、エリは大きな溜め息をついた。
交際7年で、将来を約束したはずの彼から「君といると疲れる」と別れを告げられた。
そんな矢先、会社からもリストラ通告。
負けず嫌いで頑固な三十路のエリは、出口のないトンネルに、迷い込んだ気分だった。
重い足取りでの帰宅途中、小さな雑貨屋さんを見かけた。店内に入ると、レジカウンターに初老で品のある男の店主が座っていた。
買い物の支払いをする時、エリはカウンター横に飾られた、金色の小さなオルゴールに目が留まった。それは、6〜7センチの楕円形で、筒型の美しいオルゴールだった。
唐草模様を浮き上がらせたアンティーク調で、つや消しの金色が何ともエレガントだ。
「あぁ」大きな溜め息と共にエリは、引き寄せられる様に覗き込んだ。店主はにっこり笑い「売り物ではないのですが、特別にあなたにプレゼントしましょう」と言った。ためらうエリを物ともせず、店主はオルゴールを、優しい薄ピンク色の小箱に入れて、手渡した。
そして、店を出る時「何か辛い事があったらオルゴールの蓋(ふた)を開けてごらん」と告げた。
帰宅後エリは、オルゴールの蓋を開けた。すると、穏やかで心に染み入るメロディが、流れてきた。聴いているうちに不思議と、涙が溢れてきた。一頻(ひとしき)り泣き、すっきりしたエリは、オルゴールの蓋を閉める時、思わず”ありがとう”と言った。それから毎日、オルゴールの音色を聴き、感謝の言葉を呟いた。
エリが、少しずつ変わり始めた。頑(かたく)なだった心が柔軟になり、感謝の気持ちが芽生えてきたのだ。そしていつか、プレゼントしてくれた店主にお礼を述べ、オルゴールをお返ししたい、と思うようになった。
あれから3年後、薄ピンク色の小箱を持った笑顔のエリが、再び雑貨屋さんを訪れた。
それを見た店主は、ピンときたようだ。
エリは、今までの経緯(いきさつ)を話し、丁寧にお礼を言った後、オルゴールを差し出した。
店主は頬笑んで言った。「これは、20年前に亡くなった妻の形見なんです。あるお客さんから、どうしても買わせて欲しい、と切望され、思わずプレゼントしたのですが、数年後に笑顔で返しに来られたんです。今のあなたと同じ様に……。そしてまた、別のお客さんの目に留まり、ここに戻ってきてを繰り返し、あなたで7人目なんです」
”ありがとう”が沢山詰まった旅するオルゴールかぁ、そう思いながらエリが店を出る時、暗い目をした一人の女性が、店内に入っていった。エリが振り返ると、カウンターの奥でオルゴールが、キラッと光った気がした。