◎村上紙器工業所
「箱Bar」第2回
外はすでに陽が落ちた。BAR好きにとっての、至福の時間。カウンターに腰掛けた男ふたり。何やら話しが弾むようで、しきりに頷き合っている。交わされる楽しげな会話…。
バーカウンターは人生の学校である。
村上 誠にとってBARとは「人生の学校」である。止まり木に羽を休め、その夜ふと隣り合わせたひとと語り合う。酒の神からのプレゼントともいうべき、ひととの出会い。そこに、人生の学びがある。今宵もまた、その幸福を求めて出撃する。
南 啓史さんはこんなひと。
南 啓史(ひろし) 建築士。京都市出身。大阪・天満橋に一級建築士事務所を構える。等身大の理想の発見を心情とし、住宅やオフィスなど日常に寄り添った空間をデザインする。瓶ビールをこよなく愛し、風情のある角打ち巡りを好む。角打ちは人や風土とのつながりを豊かにする場。日々のデザインにもそこでの経験がいきている。大のプロレスファンであり、プロレスに例えてものごとを説明するのが得意。大阪工業大学大学院修了、和歌山大学大学院博士後期課程単位取得退学。大学、専門学校の非常勤講師歴任。
https://www.keiminami.jp/
箱BARでやりたいこと。
村上紙器工業所は貼り箱を製造する会社である。箱にはカタチや構造、意匠や色、紙の選択など…デザインのない箱はない。デザインってなんだろう。パッケージにおけるクリエイティブとは。村上 誠は、親交のあるクリエイティブ関連の方と語り合いたいと言う。オフィスの応接室やホテルの喫茶ルームのような場所ではなく、村上 誠が「人生の学校」というBARのカウンターで話し合ってみたい。多少お酒のチカラも借りながら、ふつうの対談ではできないような会話を引き出せたら、と、思うのであります。
対談場所:村上 誠のホームグラウンド。
村上 誠馴染みの店。ウイスキーの品揃えも本格的。イメージを伝えると、なるほどと唸るカクテルをつくってくれる。マスターの河崎優飛さん(34歳)はカクテルの腕はもちろん、料理の腕も一級品。パスタどころか、麻婆豆腐だって出してくれるのだ。
【bar bottoms up(バーボトムズアップ)】
大阪市西成区千本中1-4-10 グランドムール岸里 1F
06-6656-1340
箱は商品。建築はひと。どちらも大切なものを入れている。
(村上)こんばんは。今日はご登場いただき、ありがとうございます。よろしくお願いします。まずは、カンパーイ。
(南)カンパーイ。
(村上)初回はパッケージデザイナーの三原美奈子さんでした。2回目の今回はお仕事がパッケージと直接関係していなくても、少し箱とは毛色の違う方と広い意味でのデザインの話しをしてみたいと思っていました。そこで、なんとなくですが、建築の方と箱の話をすると、どうなるかなあと、思ったわけです。
(南)そうですか。呼んでいただいて光栄です。でも、紙の箱ではないですが、わたしがつくっているのも“箱”ですからね。木やコンクリートですけどね(笑)。
(村上)なるほど。建築物のことを箱物と言ったりしますもんね。貼り箱は商品を入れますが、建築はひとを入れる箱と考えたら、「箱」は共通のキーワードですね。これは、最初から話ができすぎですねえ(笑)。
ここに出たいなあと、思っていました。(南)
村上さんは、とにかくマメに発信をされていますよね。だからフェイスブックで「箱BAR」のことを知り、第1回目のものは読んでいました。デザインや広告も好きなので興味を持ちました。ここへ呼んでほしいなあと思っていたんです。念願が叶いました(笑)。わたしもBARが好きなんです。そして、瓶ビールが大好きで角打ちが大好きなんです。
(村上)角打ち、いいですねえ!こんど行きましょう。ところで、南さんと知り合ったきっかけはメビック(クリエイティブネットワークセンター大阪メビック https://www.mebic.com)でしたっけ。
(南)そうですね。メビックの「おてがみten」というイベントで知り合ったと思います。わたしが起業した、2007年ころのはずです。
(村上)意外と古い付き合いになりますね。
(南)あのイベントで箱の可能性に気づきました。参加したことで、建築をやっているだけではやれなかったことがやれたと思っています。
箱とは、中に入っているものの背景ではないでしょうか。(南)
(村上)南さんにとっての箱とはなんでしょう。
(南)箱とはズバリ、入れ物ですね。そして、中に入っているものの背景でもあると思います。中身にふさわしい箱というものがありますよね。箱は中身を語ります。だから、背景でもあると思います。そして、良い箱は二次使用したくなりますよね。そんな、別の用途で使いたくなるような箱も、わたしにとっての箱ですね。
では、村上さんにとっての箱は?たくさんのお金を産んでくれるものですか?(笑)
(村上)それだったら、良いんですけどねえー。わたしにとっての箱は、やっぱり包装資材ということにつきますね。基本機能はものを入れて運ぶものですが、それだけではなく、目に見えないものも運んでいるのではないでしょうか。箱はブランドに価値を加えるという機能も持っています。それこそ、箱の可能性だということに気づいたんですよ。
(南)なるほど、それが「意思を運ぶ箱」の源流ですね。
(村上)そのとおり!さすがです。わたしにとっての箱は、ブランド価値を加えるものですね。
戸建て住宅のときは、箱をつくって考える。(南)
(南)話は変わりますが、戸建住宅を設計するときは「箱」をつくって考えるんですよ。知っていましたか?
(村上)へー、どういうことですか?
(南)これなんですが、わたしたち建築士にとって箱は寸法を表します。縮尺ですね。敷地の図面のうえに箱を積み重ねていくことで、何部屋あって…と、ボリュームを出していくんです。そこへ屋根を乗せると家の外観をイメージしてもらうこともできます。それをお見せすると、施主さんもイメージしやすいですからね。“考えるための模型”が、この箱の役割なんですよ。箱を積み重ねながら、こうすればこうなる。こうすればどうなると、どんな佇まいになるかを考える過程が箱と言えます。別の言い方ですと、アイデアに寸法を与えること。それが、建築士にとっての箱ですね。
うちはラフを描かないです。話す方が得意ですから(笑)。(村上)
(南)村上さんは、どうやってアイデアを考えたり、依頼主に説明したりするんですか?ラフのようなものを描かれるんでしょうか。
(村上)うちの場合、ラフは描かないですね。ラフを描いてメールで送って説明するより、できるだけ対面でお話ししたいんです。うちへ来てもらうと、いままでのサンプルが沢山あります。それをお見せして、やりたいことへ近づけていくようなやり方ですね。近いイメージのものを現物のサンプルからチョイスして、カタチを決めていきます。ゲスと呼ぶ内装材や箱に貼る紙などは、現物の見本帳から一緒に選んでいきます。そうやって、方向を決めていきます。お客さまもイメージができてから、はじめて原寸のサンプルをつくります。それまでは、原寸ではつくれません。というか、つくりません。原寸サンプルまでいくと、手にとって実感していただくことができますね。
(南)その点、家なんか現物のサンプルをつくれないし、手に持てませんからね。そこは大きく違います。だから、先程の箱でイメージを共有していくわけです。
お互い、お客さまを試しているところはありますね。(南)
(南)方法や過程は違っても、お互いお客さまに出来上がりをイメージしていただくことで、お客さまの理解度やイメージするチカラを試しているようなところがありますね。
(村上)ホントですね。モノをつくるうえでは、プロセスを正しく理解し合うことは大切ですね。それと、イメージの共有ですね。南さんはホワイトモデル(箱)で施主さんに想像力を広げてもらう。わたしはサンプルをいろいろ見せて出来上がりを想像してもらう。
(南)それって、「あなたのご希望だと、ほら、こうすれば、こうなりますよ」って、お客さまを試していくようなことですね。
(村上)箱の場合は見た目や風合いを感じてもらう。
(南)家の場合だと機能は生活スタイルで変わるので、仕上がりをイメージできたら、どう使っていくかという機能までイメージを広げてほしいですね。
(村上)思い出したけど、リフォームの会社から貼り箱の依頼があったことがあります。図面やサンプルを入れる箱なんですが、いままでは封筒に入れて渡していたけど、それだと、図面がどこへ行ったかわからなくなるようなこともあったようです。箱だと仕舞いやすいのでそういうこともなくなるし、お客さまにお渡しするときに見栄えも良いし、渡すことがイベント的にもなりますよね。おかげで好評で、リピート発注がありましたよ。
(南)なるほど。そういうものがあると良いですね。図面やサンプルをお渡しする行為が記念の儀式みたいになりますね。それに、図面を代々引き継いでいくことができます。
立体ですから、触れる、目にする付加価値がプラスされますね。村上さんが言うように、アトラクション的な要素も加わります。
(村上)そうやって、コミュニケーションを深め、共通言語を探すということですね。素敵なことです。封筒から箱にすることでアクションが変わり、記憶の中での残り方も変わる。そのリフォーム会社さんの価値も高まったのではないでしょうかねえ。
贈る気持ちは箱で伝わります。(村上)
リノベだと玄関を開けた印象ですね。(南)
(村上)商品を出してしまえば箱の寿命は終わり。そういうことではないですもんね。よく言うんですが、たとえば iPhoneの箱は捨てないで置いておくひとが多いと思います。
(南)ペーパーバックだと二次使用という付加価値が評価されるのと似ていますね。箱が良ければ、中身がよく見えます。本来は中身の商品を買っているのに、箱が商品をよく見せることで、その商品は大切にされている感がありますもんね。そして、じぶんからじぶんに贈り物をされたような良い気分にもなります。箱で気持ちが伝わりますもんね。箱はモノを製造している会社や贈ってくれたひとの気持ちの表現ですね。
(村上)新鮮な感動を与えてくれる箱となると、やっぱり貼り箱かもね。高級感が違いますからね。
(南)リノベですと、玄関を開けたときの印象ですね。箱を開けたときの感動と同じで、玄関を開けて驚きを感じてもらえば成功です。ぜんぶを言葉で伝えるのはむつかしいけど、箱をあけたとき、玄関を開いたとき、言葉がなくても語ってくれるものだと思います。
(村上)感動を与えるものであることというのは共通ですね!同感です!なんだか、想像していた以上に箱の話ができましたね。最後も、ちゃんと箱と建築の話に着地できました。ほんとうに今日はありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。さ、飲みましょう!
(南)そろそろ、ネタ切れ(笑)。グッドタイミングです。喋って喉が渇きました!
家はひとを語る。
箱は商品を語る。
家もブランディングみたいなものだ、と南さんは言う。そのひとの生き方や人柄を語る家でありたいと言う。そのひとに似合っているか。そのひとを醸しだしているか。そういう家をつくるために、いろいろなことをキャッチボールし、意見を言い合って共通点をみつけていく。プロレスが大好きな南さんは、ときには場外乱闘になることもあるとか。建築士の提案にまるで耳を貸さず、どうしてもじぶんの思うようにやりたいという施主さんもいるそうだ。その場合は?と聞くと、どうしてものときは、それはダメというそうだ。そして、切れられて終わることもあるとか(笑)。場外乱闘は避けたいですね、南さん!
人柄を語る家。箱が語る商品。家も箱もブランディングのチカラがあること、ブランディングに寄与していること。家と箱の共通点が見えたところで、本日の対談を締めましょう。おふたりとも、お疲れさまでした。さあ、飲みましょう!
インタビュー&ライティング
コピーライター田中有史(旅する田中有史オフィス)
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撮影&デザイン
浪本浩一(ランデザイン)
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訪問日:2023年11月07日(火)
公開日:2024年01月27日(土)
※掲載内容は取材時の情報に基づいています。